…の部屋にガラスをぶち抜いて飛び込んできたのは、身長2mを超すサイズの
「人型の兵器」のように見える異形の存在だった。
「…到着が早すぎる…準備だって不十分なのに、JSDAの連中必死だな」
 秀樹はそう呟きながらベットの裏に転がり込む。

「シュウちゃん?シュウちゃんだよね?」
 異形の存在が発したその言葉、それはやや幼くも感じる女の声。
そして秀樹はその呼び名で自分を呼ぶ相手が一人だけだということ、今まで
必死に探してきた相手だということに気がつかざるを得なかった。

「悠紀…そんな…成長しすぎだろ…」
秀樹は布を引っ張り出しながらその異形の相手に問いかける。
「成長って…そんなわけないじゃん。シュウちゃんやっぱり面白いね」
異形の存在は、マスク越しに半ば電子音声のような声で秀樹の方にゆっくりと近づく。

「お前、本当に、悠紀なのか?マスクしてるからわかんねーよ」
 秀樹はさらにリュックを取り出す。このような状況になることを想定でも
していたかのようにその準備も早い。

 異形の存在は、さらに秀樹に近づきながらそのマスクを取る。
「私だよ。ほら、ね?」
 髪の毛こそ長髪になっていたが、その顔は、秀樹が必死で探してきた伊藤悠紀の
顔そのものだった。
「しかし、悠紀さぁ、なんもガラス破って侵入することないだろ…夜這い?」
冗談を飛ばしていたが顔は全然笑っていない秀樹。

 無理もない。どう考えても5階の部屋に窓側、それもベランダもない窓から
侵入できる装備、最低でもワイヤーかなんかで吊り上げる機能を有している
はずである。悠紀が着込んでいるそれには、下手したら飛行能力すらあるかも
しれない。まして窓ガラスを割って侵入するなど、かつての自分の知る悠紀の
行動だとは到底思えない。いずれにせよ、今の悠紀はかつての悠紀ではない。

「夜這い…うーん…それはちょっと違うかなぁ?」
「じゃ一体何だってんだよこんな夜中にわざわざま」
「私、シュウちゃんのこと、大好きだったんだよ?知ってた?」
「知ってるも何も…お前の家にお前が居なくなくあったあと俺行ったんだぜ?」
「え?」
 悠紀の顔に若干の不安の色が見える。

「…お前が行方不明になってから、俺は…探したさ。何年になるかな…もう、5年?」
 秀樹はリュックを背中に隠しながら、しかしまっすぐ悠紀を見つめる。
それってストーカーじゃんほとんど
「…なんか話ずれてなくね?」
「うん」
 素直にうなずく悠紀。少しだけ昔の悠紀が戻った感じを瞬間受けた秀樹だが、何故か
心は警戒音を出し続けている。相手の戦力が不明すぎる。もし相手がただの「敵」なら
行動不能にして警察にでも突き出せばいい。しかし、自分が探していた相手が、想像
できない戦力を有している可能性あるとなると話は違う。
 どうやって、悠紀をとりもどすか…秀樹は考え続ける。
 
「私…あちこちいじられて…こんなんなっちゃったよ…もう、普通には一緒に居られない
 んだよ…でも私思い出したんだシュウちゃんのこと…ずっと、一緒に居たい…」
「全身サイボーグにでもされたのか?そんな…」
「私が着てるこれ、アシストアームフレームって言うんだって。なんかよく
 わかってないけど、ものすごい力出せたり空飛べたり、ビーム撃てたり…」
「ビーム?マジで?誰だそれ作ったアホは」
 秀樹はもう展開についていけなくなったので考えるのをやめた。

「田中さんっていう人が、このアシストアームフレーム作ったんだよ。その人は
 いい人だったんだけど…撃たれちゃった…そして…息しなくなって…母さんが撃たれ
 たこと、シュウちゃんが来ること思い出した…」
「撃たれた?思い出した?」
 秀樹はさらなるまずい予感を感じる。
「牟田っていう奴がいて…あいつが…撃った…私をこのアシストアームフレームに
 あわせるためにいろいろ体をいじったんだ…あんなのにいじられてわたし…もう…」
 秀樹はだんだんと自分の中の不安感が膨らんでいくのに気がついた。ヤバい。
何かはわからない、理解も出来ない。
 おそらく薬物や遺伝子操作によりアシストアームフレームを扱えるように調整された
のだろう。精神操作も受けているかもしれない。そして人が目の前で死んだことで
トラウマが…その結果がこれか?一体何がおこる?布を握る。

「…そう、だから…ずーっとシュウちゃんと一緒に居られる方法考えたんだ」
「そうか。で、その方法は?」
死んで
 悠紀の右腕から刃物が出現する。そしていきなり秀樹に振り下ろされ…
「それでは、俺は斬れないぜ」
「うそ?うそ?なんで?どうして?」

 秀樹は布をマントのように被っていた。
「こいつはアラミドの改良素材で出来てるからな。しかし、お前がそう来るなら…
 残念だ。実に残念だ…これ使うしかないようだな」
 おもむろにダイナマイトのようなものを取り出す秀樹。躊躇なく点火する。
「そんなんじゃこの装甲は抜けないよ」
「そうか。あ、でもこれ爆発物じゃないんだ。これ。」
 ものすごい量の煙が発生し、それが室内に一瞬で充満する。あっという間に部屋の
中が全然見えなくなってしまった。
「スモーク・ディスチャージャーだっっっっ!!!!」

 マスクをしていなかった悠紀はもろにその煙を喰らって悶絶する。
 咳き込み動けなくなる悠紀。
「…ゲホッ…シ…シュウちゃん酷いよ!なんでこんなことするの!」
 と叫んだが秀樹はもう居な…



 
  

第三章 ほの暗き深淵の底から

 -2- 


 
「石原ぁ、お前何読んでるんだよ」
とある日曜日。中年といっていい年齢の男が独身男性の部屋でPCで遊んでいる。
それもエ〇ゲ。何であんた人の部屋で〇ロゲしてるんだよと言い放ちたい
石原だが昼飯を奢られた手前、そのようなことも言えるわけもなく。
「えーっと、一応小説ですがなにか?」
「…その表紙の女の子から察するに〇ロゲラノベ?」
何てこと言いやがるこのくそ(元)上司、と完全に顔に出てしまっている石原。

 半ばキレ気味に万年床ベットの上で言い放つ。
「武宮さんには『ヤンデレ』は理解できないでしょうねw」
「一応知ってるぜ。愛が重すぎて彼を傷つけたり周囲のヤツや彼殺す美少女だろ?」
 さらっと定義を説明する武宮に石原は軽い絶望を覚える。何でそんなこと知ってるんだ
この男は。人類の99.89%ぐらいには全く不要な知識だそれは。
「…そうです。ただ『ヤンデレ』だけだと飽きられてきたみたいで、その上の
 レベルのやつが出てしまったんです。平たく言うとヤンデレ戦闘美少女
「またすさまじいジャンルだなおい」
「それと主人公がガチバトルしてるんですよ」
「…すげぇ展開だな。普通に5秒で主人公死にそうだが」
 さすがの武宮もマウスをクリックする手をとめてしまう。
 石原若干調子よく続ける。
 
「主人公は元々さらわれた彼女を探してたんですよ。そんで、JSDA、この世界の
 日本戦略自衛軍の研究施設に拉致されていることを突き止めた」
 武宮は黙り込む。自衛隊にいる自分が責められてる気がちょっとだけした。
「ところがヒロインが過去のトラウマに触れて暴走。自衛軍も止められない」
「ドンだけ強いんだよ。ア〇レちゃんか」
「で、ヒロインの方から主人公に会いに来た。目的は主人公と永遠に一緒になること」
「…まさか…」
「そう、死んで永遠に私のものに。ってやつです」
「…絶対絶命、間違いなく死ぬじゃん主人公」(注:意図的にこの字です)
 石原はもうすっかり元気なようだ。武宮はその姿をみてちょっとだけ気分が晴れる。
 よかった。元気付けることが出来たようだ。
 
「主人公はこの数年間さまざまな苦労をして、自衛軍に対抗するすべを用意してた
 ということなんです。普通の学生だった彼はすっかり強くなった」
「なるほど、本来の敵は彼女じゃなく日本戦略自衛軍だったと」
「ええ。そこから彼女を取り戻す。それが目的でした」
「そこまでは普通だな。しかし…やっぱり絶体絶命なような」
「ここから主人公がヒロインを本当の意味で取り戻すために頑張るんですよ!」
 すっかりテンション上がりまくる石原。
 
「何をどう頑張るんだろ」
「さぁ…続きはこれから読みますよ」
 石原はそういうと、ラノベを読み始めた。武宮もゲームを再開したようだ。

--- ---

 あれ、はなんだったのか。
 数日前の長野の一件をソファに座りながら一人の男は回想する。
 
--- ---

 長野についたとたん、彼はヘッドフォンと目隠しをされてぼろっちいマイクロバスに
乗せられ、どこかに連行されていった。昔そのようなことやってるTVがあったような
気がした。俺は芸人じゃないぞ、と言おうかと思ったが、ここ何故か上司までいる。

 いったい何が起こるのか?
 彼は諦めて連行されるがままにすることにした。少なくとも銃殺目的などではない
だろうと思う。そう考えるととりあえず寝るのが現実的回答のようだ。
そのまま男はぐっすり寝ることにした。

 …次に彼が車から降ろされ、目隠しされて連れて行かれた先は…
 巨大なドームだった。いや、ドームなんて規模ではない。
 薄暗さで向こう側に何があるかわからない。少なくとも1kmの規模はあるだろう。
 空気は特に問題ないようだ。彼は問わざるを得なかった。
 
「これは…なんですか?」
「…天然に出来たドームだ。かつては活火山だったと思うが、山の中腹辺りから
 マグマが流出して、その結果巨大な空洞が出来た。おそらく日本最大のな」
 さらっと質問に答える制服の男。若干自分より階級が上だろうか?
「そんなこと聞いたことがない…」
「当たり前だ。最高国家機密だ。イージスのダミーデータなんかと比較にならない
 重要な存在だからな。この空洞をどう使うかは政府内でも意見が割れていた。
 しかし、一条、お前も知っているだろうが隕石衝突という事態が発生したのに対し、
 政府はある決断をした」
「決断?」
十万人の男女を居住可能なシェルターとして利用する
「…衝突は回避できるのでは?」
「フランスの核の件か?まだ不確定要素の一つに過ぎない」
「…不確定…要素?」
「そもそも宇宙関連の条約の中に宇宙空間における核使用の禁止という項目がある」
 制服の男は数歩前にでる。そのまま後ろを振り返ることなく続ける。
 
「つまり、実験は出来ていない。さらに宇宙空間では地上より爆弾としての核の威力は
 はるかに激減する。空気も地面もない宇宙空間だ。爆発のエネルギーは直撃させない
 限り伝わらない」
 制服の男は振り返り、さらに続ける。
「エネルギーを伝えることが出来ても、軌道が十分に変わるかは再計算しないと
 わからない。観測に時間が必要だ。そして、それでダメだった、とわかった頃には
 隕石は地球まであと1年少しのところに迫る」
 
「…まだそこで追加の核を撃てば…」
「次回は今回より多数の核が必要になる。それを連続して正確に当てないと軌道修正は
 出来ないだろう」
「…」
「そしてそれもうまくいかなかったときには、もう打つ手はない」
「つまり、人類はおしまいということですか?」
「少なくとも全ての人類を救う手段はその時には、もう、ない」
「…全て以外なら手段はある、ということですか?」
「そうだ。隕石による核の冬状態を乗り切り3年もすれば地上に戻ってこられるはずだ。
 しかしそのころには地上の人間はもう、生きてはいまい…」
「…切り捨てろ、と?」
「あぁ。非常に心苦しいが、それ以外の手段はない…」

 制服の男は一条に冊子を渡す。
「残された最後の手段。アメリカでもすでに「Ark」の建造を開始している」
「それに類するものを日本でも用意する、こういうことですか」
「ああ。このプロジェクトは再び地に種を撒くためのプロジェクトだ」
「地に種を撒く?」
「地上の人類が絶滅しても、残された人間は再び地上を再生しなければならない」
「再生…」
 
「…一粒の麦は、地に落ちて死なねば、いつまでもただの一粒である」
「聖書ですか?」
「多くの種は吹き飛ばされるだろう…しかし、地下に落ちた種は芽吹き、
 多くの種を結ぶことになる。ゆえに我々はこのプロジェクトをこう呼ぶ」
 制服の男は一条の眼をみつめ、少しの時間の後、それを口にする
 
SEEDS、と」
 
--- ---

 人間が生き残るべき人間を選別する…そしてあそこに呼ばれたということは、
おそらく自分は何らかの形でドームに侵入する人間を防ぐことになるはずだ。
 侵入する人間とは…かなりの確率で自分と同じ「日本人」だ…
 
 どこかの国から自分たちを守る。そのために死ぬことになる覚悟は、ある。
 しかし…
 
 同じ国の人間と殺しあうことになるのは、一条にとってはまさに条理からはずれた、
言うならば自分の主義と相反するものだ。そんなことが許されるというのか。
 人が、人を選別する権利を持つというのだろうか?
 …それは既に「社会」というシステムの中でなされていることである。
 だが、生きるべきか死ぬべきかを誰が「選別する」権利を持つというのか。
 
 そこまで考えてから、間接照明の当たる部屋の中で一条は一人、ソファの上で
子供のように俯きしゃがみこんで、しばらくそのまま動かなかった。
 いや…動けなかった。

top

感想掲示板

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル